<Header>
<Author: 劉希夷>
<Title: 代悲白頭翁>
<Format: 樂府詩>
<Year: 2000>
<BookName: 校注唐詩解釈辞典>
<Translator: 松浦友久>
<style: 現代文無假名>
<style2: 日本現代譯文無假名標注>
<TranslatedTitle: 白頭（はくとう）を悲（かな）しむ翁（おきな）に代（か）はる>
<BookPage: 728-736>
<UsedPage: 9>
<Feature: 1, 2, 4>
<End Header>
<Poem>
洛陽城東桃李花，
飛來飛去落誰家。
洛陽女兒好顏色，
坐見落花長歎息。
今年花落顏色改，
明年花開復誰在。
已見松柏摧爲薪，
更闻桑田變成海。
古人無復洛城東，
今人還對落花風。
年年歲歲花相似，
歲歲年年人不同。
寄言全盛紅顏子，
應憐半死白頭翁。
此翁白頭真可憐，
伊昔紅顏美少年。
公子王孫芳樹下，
清歌妙舞落花前。
光祿池臺開錦繡，
將軍樓閣畫神仙。
一朝臥病無相識，
三春行樂在誰邊。
宛轉蛾眉能幾時，
須臾鶴髪亂如絲。
但看古來歌舞地，
惟有黃昏鳥雀悲。
<End Poem>
<Translation>
洛陽の町の東に咲きほこっていた桃李の花も、やがては風に吹かれてひらひらと飛び舞い、いったいどこへ落ちてゆくのだろう。
ここに洛陽の乙女ひとり、おのが容色の衰え易いのに胸を痛めつつ、そぞろ歩きするうらこの落花に出会い、身につまされて深いため息をついている。
$それももっともなこと$今年、花が落ちると共に、人の容色も衰える。明年、花が開くとき、果たしてだれが健在でいられるか、わかるものではない。私は見たことがある、亡き人をしのんで墓に植えられた松柏の樹が、年を経て墓参も行なわれなくなると共に、伐り倒されてしまったのを。いや、それどころか、長い年月のうちには、桑畑が一変して海になってしまうとも聞いている。
昔の人はもはやこの洛陽の東に戻っては来ない。代わって今の人が、やはり$昔の人と同じように$花を散らせる風に向かってたたずんでいる。そう、年ごとに花は同じ姿で咲くが、それを見る人は年ごとに変わってしまうのである。―ーひと言申し上げたい、今を盛りのうるわしの乙女よ。どうかぜひ、この余命いくばくも無い白髪の御老人に同情してあげてくれたまえ。
この御老人は白髪でまことに気の毒だ。むかしは涼やかな紅顔の若者だったのだから。貴頭の家の子弟として、祭わしい樹の下に憩い、たくみに歌い踊りつつ、散りゆく花の前で春を送ったものだ。
漢の光禄太夫王根が池中の高台で錦のとばりをめぐらしたのをしのばせる、豪奢きわまる宴会を開いたり、後漢の将軍梁翼が豪邸の壁に神仙の肖像を描いたのにも似た、まことにりっぱな座敷に出入り したりして、歓楽の限りを尽くしていたものだ。ところがひとたび病の床に臥してからというもの、知人たちもしだいに彼のもとを去り、かっての春三ヶ月の行楽も、もはや誰の身辺にあるものやら$老人の身には無縁のものとなってしまった$。
⋯⋯きみのたおやかな美貌も、いったいいつまでその魅力を保てるだろうか。きっと、ほんのつかの間に、白髪が糸のようにもつれかかる老女になってしまうのだろう。こうして見わたせば、むかしから行楽の地として知られるここ洛陽の名処も、今はただ夕暮れの小鳥たちが悲しげにさえずるばかりのさびしいたたずまいとなっているではないか$人生もまたこのようなものなのだ$。
<End Translation>
<Formatted Translation>
洛陽の町の東に咲きほこっていた桃李の花も、
やがては風に吹かれてひらひらと飛び舞い、いったいどこへ落ちてゆくのだろう。
ここに洛陽の乙女ひとり、おのが容色の衰え易いのに胸を痛めつつ、
そぞろ歩きするうらこの落花に出会い、身につまされて深いため息をついている。
$それももっともなこと$今年、花が落ちると共に、人の容色も衰える。
明年、花が開くとき、果たしてだれが健在でいられるか、わかるものではない。
私は見たことがある、亡き人をしのんで墓に植えられた松柏の樹が、年を経て墓参も行なわれなくなると共に、伐り倒されてしまったのを。
いや、それどころか、長い年月のうちには、桑畑が一変して海になってしまうとも聞いている。
昔の人はもはやこの洛陽の東に戻っては来ない。
代わって今の人が、やはり$昔の人と同じように$花を散らせる風に向かってたたずんでいる。
そう、年ごとに花は同じ姿で咲くが、
それを見る人は年ごとに変わってしまうのである。
―ーひと言申し上げたい、今を盛りのうるわしの乙女よ。
どうかぜひ、この余命いくばくも無い白髪の御老人に同情してあげてくれたまえ。
この御老人は白髪でまことに気の毒だ。むかしは涼やかな紅顔の若者だったのだから。
貴頭の家の子弟として、祭わしい樹の下に憩い、
たくみに歌い踊りつつ、散りゆく花の前で春を送ったものだ。
漢の光禄太夫王根が池中の高台で錦のとばりをめぐらしたのをしのばせる、豪奢きわまる宴会を開いたり、後漢の将軍梁翼が豪邸の壁に神仙の肖像を描いたのにも似た、
まことにりっぱな座敷に出入りしたりして、歓楽の限りを尽くしていたものだ。
ところがひとたび病の床に臥してからというもの、知人たちもしだいに彼のもとを去り、かっての春三ヶ月の行楽も、もはや誰の身辺にあるものやら$老人の身には無縁のものとなってしまった$。
⋯⋯きみのたおやかな美貌も、いったいいつまでその魅力を保てるだろうか。
きっと、ほんのつかの間に、白髪が糸のようにもつれかかる老女になってしまうのだろう。
こうして見わたせば、むかしから行楽の地として知られるここ洛陽の名処も、
今はただ夕暮れの小鳥たちが悲しげにさえずるばかりのさびしいたたずまいとなっているではないか$人生もまたこのようなものなのだ$。
<End Formatted Translation>